野球は神話だ「あるキング」(伊坂幸太郎)
それじゃ伊坂でも読もうかってことで。
いやもともと喰わず嫌いで(初読のアヒ鴨が自分に合わなかったのもあって)、伊坂が敬遠していたんだけど、ここんとこ結構読んでいるんだよね。「ゴールデンスランバー」「死神の精度」「陽気なギャングシリーズ」「重力ピエロ」「週末のフール」「魔王」「グラスホッパー」『フィッシュストーリー」・・・いつの間にかこんなに読んでるわ。いやねどれ読んでも思うのは
「伊坂上手いな」
ってこと。言葉の選び方もストーリーの展開も伏線の張り方も実に上手い。だから読んでいてするっと入るんだよね。今これだけ文章を書くのが上手な作家は伊坂以外だと米澤くらい(二人に共通しているのは俯瞰だと思う)。
だから人気あるんだろうな。僕自身最初は苦手だったのに今はすっかり伊坂読んでいるもん。こういうの天才っていうんだろうね。あのね、他の作家はなんだかんだで「自分の趣味嗜好」が出ている気がするのね。だからそのジャンルには強いけどそれ以外は書けないでしょって思っちゃう(これは坂木司や有川浩を読んでいて思うこと)。
でも伊坂と米澤だけは違うのね。なんでも書けてしまう感じがするんだよ。しかも軽々と。そのスタイリッシュさこそ伊坂の持ち味なんだろうなぁと思う。
『あるキング』伊坂幸太郎
いやーやられた。この神話にどかんとやられたんだよ、自分は。
野球をすることを「運命」として生まれてきた少年、王求。この本は彼の物語だ。といってもそこにあるのは「頑張ればいいことがある」の単純な世界ではない。伊坂は野球を通して新しい神話を作ろうとしたのだ。
もともと野球は神話的なものだと思っている。漫画家川原泉は「メイプル戦記」で神話的な野球の世界を書いたし(読んでない人、必読の書である)、高橋源一郎は「優雅で感傷的な日本野球」でやはり野球のもつ、根源的な世界を描こうとした(それはある意味で成功している)。
で伊坂の話。
この本の凄まじいことは野球を通して徐々に成長する主人公がまさにスサノオやシーザー的英雄譚を醸し出すのだ。そしてその英雄譚こそわれわれが求めていらものでないかと膝と打たずにはいられないのである。
そう、この本は英雄が「チンケ」になってしまった現在だからこそ(これを世は現実的という都合のいい言葉で誤魔化してる)、そうじゃない英雄は英雄であり、我々とは違うんだと明確に教えてくれる作品なんだ。
最後はいろいろと議論あるだろうが僕はこの最後がいいと思っている。スサノオにしてもシーザーにしても(それは織田信長にしてもそうだが)最後は死ななければならない。それが英雄の持つ宿命なのだと思っている。尾崎豊がなぜいまだに英雄なのかはそこからもわかるだろう。
しかしとんでもない本を書いたものだ。こんな本をさらりと書かれたらそりゃー世の作家たちは困惑するわ。伊坂が孤高な天才なのもそんなところが原因かも(伊坂って他の作家さんとのつながりがあまりにないと思いません?)
最後にもう一度いうが川原泉の「メイプル戦記」は野球ものとしてはほんと必読な漫画である。読んでない人、まずは海に向かって懺悔しな。ましてや川原泉を知らない人はその人生の味気なさをもう一度考えるこった←伊坂どこ行った