本と珍スポと教育と

本について語ります。珍スポットについて語ります。あとたまに教育について語ります。ゆるゆるとお読みください。

仮想キャバク「インディゴの夜」(加藤実秋)

「いらっしゃいませ、文藝キャバクラ『藪の中』にようこそ」
「あの…初めてなんですが」
「それでは当店のシステムからまずご説明します。60分飲み放題、8時まで5000円です。延長は60分6000円、場内指名は2000円となります」
「あの・・・どんな子がいるんですか」
「そうですねえ、当店ではそれぞれの女の子に得意ジャンルがありましてその子たちが対応することになります。例えばですね、こちら龍子は純文学に精通しております。特に大正、昭和の文豪に詳しく芥川、太宰はほぼ読破しております」
「芥川に太宰・・・もしかして川端も好きだったりして」
「お見事!お客さん、良く分かってますね。ただしたまに自殺癖があるのが玉に疵です。先日もいまどき珍しいガス管を咥えて死のうとしていました」
「三島が好きでないことを祈ります。首だけにならなければいいのだけれど。あのあちらにいる方は」
「あちらは指名がかからない子ですね。康子と言います。SFにかけてはかなり詳しいんですけど…まあお客様、ここだけの話しSFですからねえ。昔から士農工商犬SFというくらいで。マニアックな方が週に一度くらい指名するだけですよ」
「でも伊藤計劃とか桜坂洋とか最近はSFも活発では」
「お客さ~ん、それはゼロ年代でしょ。残念ながらあそこにいる康子は70年代SFなんですよ。いまどき光瀬だ、小松だ、筒井だって…バックトゥザフューチャーの未来にも到達してしまったこのご時世にSFって…お客さん、悪いことは言いません。彼女がついたら昭和のSFの怨嗟を語られます。やめといた方がいいですよ」
「あれ、外人さんもいるんですね」
「ああ、ジョイ子ですね。彼女は東欧出身で難解な文學を得意としております。コルサコフプルースト、ジェイムス・ジョイスなんかが話題です」
「おお凄いなぁ、その手の作品すべて読んだんですか」
「ううん、どうでしょう。彼女は読んだと言っているんですけど。ただなかなか日本語が通じないんで…でも先日東欧の方も来たんですけどその方も通じないと言ってました。まず彼女にとって言語はコミュニケーションでなく脱構築するものみたいです」
「それではキャバクラとしてダメなんでは・・・あ、あっちの子はどうですか」
「ダメです!お客さん、彼女は危険です。好きな作家が夢野久作尾崎翠稲垣足穂ですよ。おまけで澁澤龍彦もつけちゃいます。行ったら最後戻ってこれません。ただ一部の好事家の間では彼女のアフターは普通では味わえない世界が味わえるということですが。まさに此の世のものではないかと。先日も彼女とアフターに行ってそのまま帰ってこないお客がいました。行方不明者は今年だけで7名います」
「それって犯罪では・・・ううん、どの子がいいのかな。あ、あの子はどうですか」
「ああ、乱子ですか。彼女はいいですよ。ミステリに詳しく、しかも戦前から戦後にかけてかなり精通しています。現代の軽いミステリの話題も得意なんできっとお客さんの話しにあうのでは」
「ああ、いいなぁ。その子を指名します」
「それでは8時前なので5000円に指名料2000円で7000円になります。それではこちらの席でお待ちください」




「いらっしゃいませ~。乱子と言いま~す。お客様水割りにしますか。それとも焼酎?」
「ああ、水割りで御願いします」
「は~い。・・・できました。じゃあ日本のミステリの世界にかんぱーい!!!」
「乱子ちゃんはどんなの読むの」
「うーん、この前までは新本格とかメインで読んでいたけど最近では高木かなぁ」
(うわ、いきなりマニアックじゃん…)
「あ、面白いんですよ~高木彬光。トリックもとんでもないし。今だとこんなトリック成功しないって良くいわれているんだけど当時だから成功したのかなぁって思っちゃう。お客さんは何読むんですか?」
「いや創元の日常の謎とかばかりだよ」
「ええ~。でもいいですよねえ、日常の謎。あれが出たときはこんなミステリあるんだっておもいましたもん。お客さんきっと顔優しそうだから人の死なない優しいミステリが好きなんですね。うん乱子わかるんだ~。お客さんの心の優しさが読む本にも現れるんですよ~。きっとそうだよ」
「そうかなぁ」(鼻の下を伸ばす)
「私も北村作品とか大好きです。でも最近の北村作品はミステリでなくなってしまってちょっと乱子悲しいの。『飲めば都』とか面白いんだけどあれミステリじゃないじゃーんって思っちゃう。やっぱり乱子、しっかりしたミステリの方が好きだなぁ」
「そっかぁ、その顔だと不満もまだありそうだね」
「うん、実は加藤実秋の『インディゴの夜』を読んだんですよ。創元で出しているし舞台もホストだからキャバ嬢のあたしも共感できるかなぁって」
「そっかぁ、たしかに加藤さん人気だしね」
「四作の連作短編だったんですけど・・・最初の一作目は見事なミステリだったの!ああやっぱり創元は私を裏切らないって思ったもの。でも二作目、三作目になるとミステリはあれあれって感じになってその代わりに大沢が出てきたの!」
新宿鮫?」
「そうそう、それそれ。うん面白いんだけどあたしの読みたいのはそれじゃなーいって。キャラと設定とスピード感で読ませるんだけど肝心のミステリ要素はゼロ」
「だとがっかりだね」
「でしょ!流石お客さんわかる~。もう読んでいるのが創元なのだかカッパノベルズなんだかわかんない感じ。密室は?アリバイは?倒叙は?叙述トリックは?その点でガッカリ。文章は面白いのになぁ」
「まあミステリだと思っていたら違かったっていうのはあるあるだよねえ。だから高木なの?」
「そう!高木は裏切らない!あたしは高木についていく!お客さん、高木について今日は飲んで語りましょう!」
(おれ高木の本って能面と刺青しか読んだことないんだけど…)

 

インディゴの夜 (集英社文庫)

インディゴの夜 (集英社文庫)

 

 





こんなキャバクラがあったら行く。